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  • 読書日記「種をまく人」

    Paul Fleischman の 「種をまく人」(原題:Seedfolks) を読みました。いわゆる児童文学に属するような作品で、分量もそこまで多くないので誰でも気軽に読めると思います。

    読んだきっかけ

    もともと中学校の国語の教科書に収録されていた作品で、突然その中の一節を思い出したので読みたくなって探しました。幸いなことに文京区の図書館にはおいてありましたので、そこで借りて読みました。

    本のあらすじ

    クリーブランドというアメリカのオハイオ州にある都市のある通りを舞台にストーリーが進行します。少女が街角の一角にある空き地にまいた種がやがて町の人々を巻き込み、人々の人生を豊かにしていきます。また、町に住んでいる様々な人々を語り手にして進んでいく群像劇のような形態をとっています。

    感想

    内容もそんなに難しくなく、すっと入ってきて面白かったです。クリーブランドのストリートの一角にある空き地という舞台が共通していて、それが色々な視点から語られるという展開により、各個人が特別視されずにあくまで町の一住人であることが意識されて、街そのものに焦点が当たっている感じがあり、構成の巧みさが感じられます。上手に言語化できませんが、東京で夜に一人で歩いているときに感じるような人がいるのに誰にも見られていないように感じられる孤独な世界観と言うんでしょうか、そういうものが感じられて人によってはとても好きになるはずです。

    実際私も読み終わって、雰囲気が良くて面白かったし、こういうエピソードがあったね、というものは思い出せるんですが、誰の話がどういう順番であったかとかは全く思い出せません。一度はその人の視点に立って物事を見たはずなのに結局は他人であり、私自身が町の住人ではなく町そのものを見ていたということでしょうか。それを読み終わって気づいたときにはちょっとした衝撃を受けました。本当に群像劇が良くはまっている作品だと思います。

    また、私はアメリカに行ったことはないのでどれくらい事実に即しているのかは分かりませんが、児童文学の割にはアメリカの多様性ゆえに人種や階層の差異が意識される描写がリアルでした。子どもの読書感想文に採用する際にはその点がちょっと悩ましいところでしょうか。

  • 読書日記「あれは子どものための歌」

    明神しじまさんの「あれは子どものための歌」という本を読みました。地元に帰省中に何となく本屋で手に取った本で、特に深い理由があって読み始めた訳ではないですが、面白くてすぐに読み切っちゃいました。

    本のあらすじ

    この節はネタバレしない範囲で本のあらすじについて書きます。次の感想の節では思いっきりネタバレします。

    世界観の繋がったいくつかの短編からなるお話で、中世ヨーロッパをベースとした剣と魔法の世界が舞台となるファンタジー作品で、基本的には世の理に背く方法で人々を誘惑する魔法使いワジが引き起こす不可解な事件を、商人のフェイやカルマが各々の思惑や目的のために解決していくという形式でストーリーが進んでいきます。ちなみにタイトルの「あれは子どもための歌」は収録作品の一つのタイトルで、奇麗な歌声と引き換えに賭けに絶対に負けない力を手に入れた少女に関する話です。このタイトル自体も実は大きな伏線になっています。

    ファンタジー要素だけでなく、謎があってそれを解決していくというミステリー要素も含まれていることがこの作品の特徴の一つであり、特に物語後半で散らかった伏線が鮮やかに回収されていき、断片的な話題が一つの筋の通ったストーリーになる様は見事であると同時に作者の手腕を感じさせてくれる作品です。

    感想

    ここからは特に忖度なく勝手に感想を書きます。

    率直に言えば世界観が素晴らしかったです。しかし一方、この作品は世界観が非常に作りこまれている割に、まだそれを活かしきっているとは言えず、恐らく作者の方もまだまだ書き足りないのではないのかと思いました。作者の方はこれ以外に特に作品は公にしていないみたいでしたが、あとがきの部分でも執筆に対する情熱が失われていないみたいで続きがあってもいいと期待できそうなので良かったです。

    しかし、いくつか満足できなかった点もあります。まず、ファンタジー要素とミステリー要素の混合について、ファンタジーにミステリー要素を取り入れてしまうと、ミステリーに不可欠な巧妙な論理が、魔法や超常的な力といったファンタジー要素によって破綻してしまう可能性があります。本作品はこのバランス感覚がとても良く、確かに魔法が本質的に事件のトリックにかかわるものの、それがミステリーに必要な論理を崩さず、トリックの幅を広げる方向に作用しています。これは見事だと思いましたが、反面そのような難しい状況で、複雑な論理を紡ぐことがとても難しいことは想像に難くなく、実際謎解きパートは割とあっさりしていてミステリー要素はかなり薄めに感じました。そのため、個人的にはこの作品はミステリーではなく、ファンタジー作品として位置づけた方が適切なように思えました。

    一方でミステリー作品というのは、作者の考えたロジックをキャラクターが遂行するという性質上、キャラクターが作者の駒になり、生命が宿らないように感じてしまうという事態はそれなりに起こると思います。個人的にはこの作品でもこの現象が生じており、フェイがこれに該当するように思いました。フェイは目的のためなら嘘も平気でつけるような狡猾さと、人殺しを心から嫌い、平和のためなら自分の命も惜しまない正義感をもった魅力的な人物として描かれていることに間違いはありませんが、彼の目的意識が戦争を止めたい正義感以上のものがなく、人間になりたいという非常に分かりやすい目的をもったカルマと比較してかえって安っぽく感じられたため、事件を解決するために呼ばれた便利な探偵くらいの立ち位置になってしまったといった感じでしょうか。

    ちなみにカルマに対しては全くそんなことはなかったです。作者のあとがきにもありましたが、カルマが主軸となって構想が得られたみたいなので、フェイやキドウの扱いは難しかったのでしょうか。なお、この物語は主役がフェイ、キドウ、カルマの3人挙げられていますが、キドウはかなり空気でした。

    また、物語は大団円として幕を閉じた形になり、フェイの物語はある程度完結したように見えましたが、ワジやカルマの物語はまだまだ続きそうだったので続編に期待という感じです。